宮藤官九郎の家族は?父と姉は?実家は文具店!出身大学や大学など学歴まで徹底調査!

2000年に手掛けた『池袋ウエストゲートパーク』が大ヒットし、脚本家として脚光を浴びた宮藤官九郎さん

それからと言うもの、世に多数の作品を出し、脚本家として数々の賞を受賞しています。

宮藤官九郎さんの素晴らしいところは、脚本家だけではないということです。
俳優、作詞家、作曲家、映画監督、ミュージシャン、似顔絵イラストレーターなど様々分野で活躍しています。

2005年には、同じ「劇団大人計画」に阿部サダヲさん村杉蝉之介さんの3人で、ロックバンド『グループ魂』を結成しギタリストとして、第56回紅白歌合戦にも出場しました。

モノを作り上げる才能豊かな宮藤官九郎さんはどんな家庭で育ったのでしょうか。

一緒にみていきましょう。

目次

宮藤官九郎さんの実家は文具店?

https://twitter.com/KANAKOISHIKAWA/status/1351019334613741575

宮藤官九郎さんは宮城県栗原市(旧栗原郡若柳町)出身で、ご実家は文具店だったそうです。

父親紹平(しょうへい)さんは、教師、校長を務めた教育者でした。

父親は教師だったので、母親が主に文具店を営んでいたと思われます。

「宮藤」の姓は母方のものだそうで、父親紹平さんは婿養子でした。

教師として教え子から慕われた人柄で、卒業した生徒たちの仲人を務めたことも一度や二度ではなかったそうです。

良い教師だったのでしょうね。

また宮藤官九郎さんにはお姉さんが2人おり、上のお姉さんは14歳年上、下のお姉さんは9歳年上で末っ子である官九郎さんは非常に可愛がられたそうです。

父親が単身赴任している時期があり、そのときが女ばかりの生活環境に辟易していたみたいですね。

小さいころから文具が身近にある環境で育った宮藤官九郎さん

色鉛筆や絵の具が身近にあった環境は、宮藤官九郎さんのクリエイターとしての才能を引き出すのに役立ったかもしれません。

絵を描くことも生活の一部と考えれば、職業に「似顔絵イラストレーター」があったとしても納得できますね。

現在の実家はどうなっている?

現在も宮城県栗原市に宮藤官九郎さん実家文具屋さんはあります。

「文具センタークドウ」というそうですよ。

残念なことに、父親は既に亡くなっていて、現在は、母親(泰子さん)姉(次女)の由美さんで経営しているそうです。

姉の由美さん父親と同じ教師でしたが、文具店の跡を継ぐために教壇を降りたのだとか‥。

長女の浩子さんは、現在神奈川県小田原市にある「生命の星・地球博物館」の学芸員をしています。

結婚されて「広谷」という姓に変わっているそうです。

浩子さんは、理学博士を取得され、哺乳類をはじめ動物生態学、霊長類学を専門とされています。

お姉さん2人とも優秀ですね。

文具店の店舗には、宮藤官九郎さんの写真や講演ポスターなどが飾られて宮藤官九郎さんのコーナーも作ってあるそうです。

そのポスターが大きすぎると母親から苦言もあるようですが、母親の本音は官九郎さんがアーティストとして成功しているのをみて嬉しく思っていることでしょう。

文具店には、駐車場がないので行かれるときは公共交通機関を利用しましょう。

気になる宮藤官九郎さんの学歴は?

父親が教師という家庭に育った宮藤官九郎さん学歴をみていきましょう。

親が教師というと、なんとなく固い家庭のイメージがありますが、文具店を営んでいることが固いイメージを取り払ってくれていますね。

宮藤官九郎さんは、小学校と中学校は宮城県若柳町の地元の学校に通いました。

目立ちたがりの官九郎さんは、中学のとき生徒会長に立候補して見事当選!生徒会長を務めました。

みんなをまとめるリーダーシップがあったのですね。

官九郎さんが小学校5年から中学1年まで父親が単身赴任だったときは、女ばかりの家庭でした。

そのため、高校は共学ではなくバンカラな男子校(宮城県立築舘高等学校)を志望しました。

高校には詰襟と下駄という恰好で自転車で40分かけて通ったそうです。

当時からお笑いが好きだった官九郎さんは、文化祭で自作のコントやパロディを披露し人気者だったそうです。

目立つことも好きだったのですね。

今の官九郎さんに最も影響を与えたと言われるのが、放送作家高田文夫さんです。

当時、『ビートたけしのオールナイトニッポン』のヘビーリスナーであった官九郎さんは、ハガキを毎週送り何度か採用されたこともあったそうです。

高田文夫さんが司会を務めていた宮城県のローカル番組にも出演しました。

このため、高田文夫さんの母校である日本大学芸術学部放送学科に進学します。

せっかく進学したのですが、友達ができないからつまらないという理由で中退してしまいます。

またその頃、松尾スズキさんに夢中になり、気になり始めたことも中退する後押しになってしまったのでしょう。

親に出して貰った学費を無駄にしてしまったと、中退してしまったことを悔やんでいるそうです。

中退してしまったことは大変残念ですが、両親にも謝罪し心を入れ替えたそうです。

父親の紹平さんは、官九郎さんがブレイクする前に他界していまいましたが、きっと天国で今の活躍を見守ってくれているはずです。

今後、どんな作品が出てくるか楽しみですね!

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