1985年12月12日に「仮面舞踏会」でデビューし、次の年のレコード大賞で「最優秀新人賞」に輝いたジャニーズのアイドルグループ少年隊。
その中でも、皆をまとめるリーダーとして有名な錦織一清(にしきおりかずきよ)さんの芸能界に入るきっかけになった子供時代や錦織さんのご家族、多忙だったアイドルと学生時代の両立など調査したので、ご紹介しましょう!
ほかにも錦織さんの性格や酒好きのエピソードまで一緒に見ていきましょう。
目次
錦織一清のプロフィール
- 愛称:ニッキ
- 本名:錦織一清
- 生年月日:1965年5月22日
- 血液型:O型
- 身長:172㎝
- 出身地:東京都
- 最終学歴:江戸川区立小松川第二中学校(明治大学附属中野高校中退)
- 所属事務所:ジャニーズ
- イメージカラー:赤
- 特技:ジャグリング
錦織一清は仲良しなお姉さんのおかげで少年隊になった?
錦織一清さんといえば少年隊のリーダーで実は、少年隊の中でも一番芸歴が長く、近藤真彦さんよりジャニーズで活躍しています。
そんな錦織さんは、両親とお姉さんが一人いらっしゃってみんなで4人家族です。
お父さんが、錦織一清さんの名前を考えたそうで自分の名前の漢字「清」をとって「清一」「自分を超えるような息子になってほしいので、逆にして『一清』にしよう」と思いつき「一清」と名付けたんだとか!
そんなに考えてくれるなんて、素敵なお父さんっと思いましたが、名前を考えついたのがトイレにいるときだったらしく錦織一清さんは「それを聞いたときはぐれてやろうと思った」とラジオでコメントしています。
6歳上のお姉さんとは年が離れていますがとても仲が良かったそうです。
そして、錦織一清さんが小学五年生になった時に人生の転機ともいえる出来事が起きることとなります。
実は、はじめはお姉さんがジャニーズ事務所に錦織さんの履歴書を送ったことからでした。
お姉さんは当時、郷ひろみさんの大ファンでアイドル情報は網羅しており興味本位かもしれませんが、運動神経抜群な錦織さんにもジャニーズに入ってもらいたいという思いがあったのでしょう!
そんな錦織一清さんの幼少期は病気がちの子供で、しょっちゅう風邪をひいては高熱を出し、幼稚園を休んでいました。
しかし、運動神経が抜群で小学生になる前にバック転ができていたようです。
小学生になってからもその運動神経は発揮され、体育の授業では大人気で小学生の頃からモテモテだったんだとか。
しかも、バック転だけではなく次々とアクロバットを独学で習得する錦織さん、その頃の将来の夢は『仮面ライダーのスタントマンになりたい』と言っていたらしく、小学2年の時にはブルース・リーを真似してヌンチャクを自作したんだとか!
実は、絵を描くのも上手だったらしく、小学生時代はコンクールで何度も入賞した腕前なんだとか!
6歳年上の姉の影響により、小学校のときから自分のかなり上の人が好む音楽を聴いていて、KISSのデトロイト・ロック・シティなんかも好きでした。
しかも、初めて買ったシングルレコードは、西城秀樹の「ちぎれた愛」 だったらしいです。
そんな錦織一清さんは小学6年でお姉さんが応募した履歴書が通過し錦織さんはオーディションに呼ばれ見事に合格し、小学6年生の夏休みには正式にジャニーズ事務所に入所することとなります。
小学校6年生の冬にはジャニーズJr.として活動し、教育映画にも出演されています。
合宿所に入った錦織さんは当時代表取締役であった故ジャニー喜多川さんから大きな期待をされていたそうで、ジャニーさんのお付きをしていました。
そして、これからのエンターテイメントを学ぶために常に一緒に行動していたとされています。
錦織一清さんは、そんな第二の父のような存在のジャニーさんを慕っており、この出会いが今の錦織さんを築いているのでしょう。
錦織一清の学歴は高校中退?!
ジャニーズに所属しながら小学校を卒業した錦織さんは、江戸川区立小松川第二中学校へ進学しました。
そして部活はバスケットボール部に所属し、持ち前の運動神経は体育の授業でも大活躍だったそうです。
当時の錦織さんはまだ、ジャニーズ事務所に所属しながらも、将来は体育教師になりたいと夢みていたようです。
学校が好きで、体育も大好きな錦織一清さんは美術で絵を描くことや、校内の弁論大会でクラス代表として壇上に立つなど学校内でも大人気でさまざまなことに注目されていました。
そんな錦織一清さんはやはり学校の女子からの人気は絶大でモテモテだったようです。
学校の中心人物だった錦織さんは、中学の卒業式には一瞬で学生服のボタンが無くなっていたんだとか。
錦織さんは高校受験のため、中学校3年生の1年間はジャニーズ事務所のレッスンを休んでいます。
そこで学業に集中し、無事にクリア!
東京都立南葛飾高等学校に入学し、高校受験を終えて、事務所のレッスンもスタートさせ、先輩のバックダンサーなどでテレビに出演するなど活躍していきました。
そして芸能活動が忙しくなってきたため、高校への通学が厳しくなってきた錦織さん。
通っていた高校を転出し、当時、芸能人が数多く通っていたとされる明治大学附属中野高等学校の定時制へと編入します。
しかしそれでも芸能活動が忙しかった錦織さんは高校2年生を2回留年してしまいます。
その後、高校卒業はしないで中退するにことになりました。
そんな錦織一清さんは学業を諦め、それ以降はエンターテイメントに力を全力で注ぎ、20歳の時に少年隊のメンバーとして『仮面舞踏会』で歌手デビュー。
少年隊を代表する名曲となりオリコンチャートで1位をとりました。
そして、少年隊は紅白歌合戦出場、レコード大賞受賞など社会現象がおきるぐらい日本中を魅了し、トップアイドルになります。
錦織一清の性格が面白い!
デビュー前からジャニー喜多川のお付きをされていた錦織一清さん。
周りからは頭のキレが良く、歌やダンスを含め器用な天才と言われています。
また、ファンからはイジリネタやツッコミ、ボケと言ったお笑い要素までオールマイティに笑顔を届けるエンターテイナーとされ、ずっと人を喜ばせていて、意外にも性格はお茶目な部分があるようですね!
また、少年隊はダンスが上手という印象が強いグループで、東山紀之さんの、ピシッと決まるダンスをイメージされる方も多いかもしれませんが、そんな東山紀之よりもダンスが上手いとされ、一目置かれているのが錦織一清さんです。
錦織さんのダンスは、人間の動きを超えているとまで評されており、同じくダンスが上手な堂本光一さんは「ダンスの神様」と言っております。
ダンスで定評のある東山紀之さんも、錦織さんのダンスを高く評価しており、ライバルとおっしゃっています。
錦織一清の呑みっぷりが有名?
錦織さんは庶民的な居酒屋が好きらしく、仲間や近所の人たちと遊び、お酒を飲んだりすることが活力源だと言っております。
その飲みっぷりは半端ではなく、酔うと踊るらしいです。30代の頃にはロケの時、植草克秀さんに「お酒の匂いがするよ」と言われる一面もあったり…
まとめ
幼少期から運動神経抜群だった錦織さんのダンスやアクロバットな動きは、今でもジャニーズ事務所では絶賛されており、当時のジャニー喜多川さんも「自分の最高傑作」とおっしゃっています。
これからもジャニーズ事務所一の芸歴の長いアイドルとしてお酒は控えめに元気に活躍してもらいたいですね。