三上博史の現在はどうなっている?若い頃エピソード!スカパラで兄が活躍?スキーCMで話題!

“元祖トレンディ俳優として数多くのドラマや映画に出演している三上博史さん

年齢非公開のミステリアスな雰囲気の三上さんの家系には芸能関係者が多くいらっしゃるとのこと。

今回は三上さんの若かったころやご家族についてご紹介します。

三上博史さんのプロフィール

本名は芸名と同じく三上博史

昔公開されていたプロフィールから察するに年齢は50歳代になります。

東京都出身で神奈川県横浜市育ち

最終学歴は神奈川県立多摩高等学校、所属事務所は有限会社三上事務所です。

三上博史さんの現在の活動

1980年代に主にトレンディドラマにて活躍していた三上さん

ミステリアスな魅力と確かな演技力にて三上さんが出ているからとりあえずドラマを観てみるというファンも少なくなかったようです。

しかし、全盛期から比べるとお茶の間で姿を見る回数が急激に減ってしまったためファンの間では干されたのではないか、はたまた芸能界を引退してしまったのではないかという噂がささやかれました。

なぜ、三上さんの姿をみる機会が減ったのか、それは三上さんの精神面に問題があったようです。

三上さんは一時期テレビドラマの出演が重なりその数多くの作品に全力で挑んでいた為、燃え尽き症候群のようになったと語っていました。

この時芸能の仕事を辞め、以前から関心のあった建築関係の仕事への転身を本気で考えていたそうです。

しかしそんな中、尊敬する寺島修二さんの没後記念公演に出演が決まりました。

三上さんは「これが最後の仕事」という意気込みで挑みましたが、舞台でのお芝居がきっかけで演じることの楽しさ・魅力を再確認でき、引退を思いとどまったそうです。

寺島修二さんといえば三上さんを芸能界デビューさせた切っ掛けの人物です。

まるで、寺島さんが引退するのはまだ早いと言っているようですね。

また、この経験がきっかけで三上さんはテレビドラマではなく舞台での活動に主軸を置くことにしました。

そのため、お茶の間でみる機会が減ったのです。

また、三上さんは年齢的にテレビドラマでの出演では「お父さん役」が回ってくることが多いのですが、それを断っているそうです。

せっかく年齢を非公開にしているにもかかわらず年齢相応の「お父さん役」ばかりを演じるのは躊躇いがあったのでしょうか。

「お父さん役」を断るとテレビドラマでの出演は自然に少なくなり、その分舞台や民放ではない放送局でのドラマへ活動を移していきました。

地上波では扱えない社会的テーマのドラマに多く出演し、その中でも2011年WOWOW「連続ドラマW」で放送された「下町ロケット」が話題になりました。

三上博史さんは若い頃からすごかった!

高校生の頃に友人に誘われてついていったオーディションにて寺島修二さんに見初められてそのまま映画デビューを果たした三上博史さん

デビュー当時から整った顔立ちと高校生とは思えない落ち着きのある態度で各方面から注目を集めていたとのこと。

その落ち着いた年齢不詳の雰囲気は私生活でも発揮されていたそうです。

中学時代からふらりと一人旅に出て現地で出会った年上の女性とそのまま旅をしていたこともあるとか。

かなり変わった過去をお持ちですね。

バブルの時代になると当時の若者の価値観や恋愛というトレンドを描いたトレンディドラマが流行し、三上さんはトレンディ俳優として活躍するようになりました。

元祖・トレンディ&高視聴率俳優の三上博史さん。「スキー」といえば…?

「三上博史」「スキー」といえば1987年11月21日に公開された映画「私をスキーに連れてって」です。

この映画に出演したことがきっかけで三上さんの女性人気に火が付いたそうです。

しかし、三上さんは初めこの映画に出演することに乗り気じゃなかった様子。

その当時トレンディ俳優として大活躍中だった三上さんですが、この映画は自分が目指す役者道からは逸れていると感じたそうです。

ですので、この仕事が入ってきた時三上さんはそのオファーを拒否したそうですが、当時の女性マネージャーが「一生のお願い」を発動し強く出演を薦めたそうです。

彼女の熱意に負けしぶしぶ出演した三上さんですが、結果的にこの映画は大ヒットし、人気を獲得、その後のドラマの視聴率にも関わるほどだったそうです。

現在の「月9」帯のドラマにて「トレンディドラマのエース」とさえ呼ばれていた三上さん

出演するドラマは軒並み高視聴率をとっていたので、その呼び名は伊達ではありません。

実は芸能一家? 三上博史さんのお兄さんはあの人。

元祖トレンディ俳優である三上博史さんのご家族について紹介します。

三上さんの家系は根っからの芸能一家と言っても過言ではありません。

まず、三上さんの母親は有名ではなかったようですが東宝の女優をされていたそうです。

お名前まではわかりませんでしたが、三上さんは以前母親の出演していた作品を見たことがあると語っていました。

三上さんが20歳の時に母親は他界しましたが、生前母親と役者業について語り合ったとき「性格俳優にだけはなるな」という言葉を送られたそうです。

三上さんはその真意について当時どうとらえてよいかよく分からなかったそうですが、自分だけではなく他者からも認められる俳優になれという意味だったのではと語っていました。

現在の三上博史さんが出来上がった背景にはそんな母親の言葉が影響しているのかもしれませんね。

次に三上さんの兄について。

三上さんの兄は冷牟田竜之さんです。

冷牟田さんは東京スカパラダイスオーケストラの元メンバーで現在は「DAD MOM GOD」、「ブルー・トニック」、「MORE THE MAN」などで活動しています。

さらに、三上さんの叔母は折原啓子さんという女優で叔父は映画プロデューサー、さらにいとこにはプロ野球選手もいらっしゃるようです。

思った以上に芸能一家でしたね。

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